総州書房雑録

読んだ本の感想、考えたことを書いて行きます。

ど素人、和歌を読む その2

「まぁ!…陛下ご覧ください…。」
「どうしたの…おやまぁ…。」

侍女の指さす彼方。
真っ白の衣が、新緑のきらめく香具山に幾旒もたなびいていた。

香具山は古来、夏の訪れとともに衣を干すとされる。

神事や公務に追われて、
私の知らないうちに季節は夏に移っていたのだ。

諸事煩雑なことを人は厭うけれど、私には丁度いいくらいだ。
仕事に追われていて、思い出さずにいる方がいいものが多すぎるから。

「見事なほどに、白いわね。」

初夏の青空に優雅に遊ぶ白衣たちが、なぜか忌々しい。

大和の神のあてつけのように感じられてならない。

『その黒き心で、お前はそこに座してよいのか?』と。

そうかもしれない。
私はあまり人に褒められた人生を送ってきた自信はない。
けれど…。

「陛下がましますおかげで、神々の御社も安んじてあのように神事を。」
「まことまことに。」
少し気が沈んだのを見て取ったのか、侍女たちが代わるがわる私を褒めそやす。

「あら、世辞を言っても、何も出ないわよ。」

私は神に物申したい。
あなた方は何もしてくれなかった。
あの時も、あの時も…。
だから、私は自分の力でここまで来るしかなかった。

神にけなされても平気だし、次女たちの世辞も要らない。

『ご安心ください、じきに玉座には無垢なる者が座ります。』

なにせ、私の春は遠く過ぎた。
あちらに行って抱きしめて欲しい人が沢山いる。
その時は「ひめみこよ、ようやった」と褒めてくれるだろうか。
それとも「やりすぎだよ」と苦笑いするだろうか。

「この得も言われぬ景色、我が夫や子も…あちらで見ているだろうか。」

ああ、どうして、命を謳う緑の中で、私は一人ぽっちなのだろう。


春すぎて
夏来にけらし
白妙の衣干すてふ
天の香具山

持統天皇