総州書房雑録

読んだ本の感想、考えたことを書いて行きます。

ど素人、和歌を読む その1

「私の代わりに泣いてくれているのか」
ふと、我が袖を湿らせる夜露に語りかけた。

百姓たちが丹精込めて作った稲たちは一日でも早い収穫を哀訴するように実った稲穂を上下させている。

「…冷えるな」
収穫前の稲を盗人から守るために、百姓たちは田のそばに仮説の小屋を作り、こうして夜通し見張るのだ。
私は民草を労わるため、この見張りを買って出た。

朝廷の玉座よりも余程この粗雑な小屋の方が私には居心地が良かった。
孤独といえば、ここもあそこも変わりはしない。
いっそ一人でいる孤独の方がどれだけ気苦労がないかしれない。

しかしながら、自分の実りを奪われることを恐れて夜通し目を光らせるだなどという、いたましいこの所業が、つい己の立場と重なり鬱々としてしまう。

民草を労わる名君という自ら勝ち得た世の評価も、近ごろはかえって疎ましい。
そもそも心から私はそう在りたいと願っているのかどうかさえ、今となっては分からない。

「いっそ全て奪われれば楽なのかもしれないな」
口をついて出た独り言にすぐさま心の中のもう一人の自分が答える。
『お前が首を刎ねたあの者のようにか?』

そうだった。
私は奪った身だ。その私が奪われることを恐れてこうしてほったて小屋に身をかがめているのはむしろ天が与えた居場所なのかもしれない。

「もう少し私の代わりに泣いていてくれ」
私は濡れ続ける袖に語りかける。

夜はまだ深く、きっと盗人は来ない。


秋の田の
かりほのいほの
苫をあらみ
わが衣手は
露に濡れつつ